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仙台高等裁判所 昭和27年(ネ)139号 判決 1952年11月21日

控訴人 原告 日本医療団 代表者清算人 赤木朝治

訴訟代理人 稲田秀吉 外二名

被控訴人 被告 青森労働基準監督署長 葛西藤三郎

指定代理人 加藤隆司

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が審査決定に基き、昭和二十四年十一月二十二日控訴人に対してした亡木村清作の死亡による災害補償実施の勧告を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴指定代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、

一、本件は被控訴人が木村清作の死亡を業務上の死亡だとした審査の結果(これに基く勧告を含む)の取消を求める趣旨である。

二、被控訴人の審査の結果及びこれに基く勧告は控訴人の権利義務に法律上の効果を及ぼすから、控訴人はこれが取消を求める利益を有するのである。即ち、

労働基準法第七十九条、第八十条所定の労働者の遺族又はこれに準ずる者に対する使用者の遺族補償及び葬祭料等の災害補償義務は、労働者が死亡することにより当然発生するのではなく、労働基準監督署長が、労働者の死亡が業務上のものであるかどうかを審査し、その結果労働者の死亡が業務上のものと認め、使用者に対しこれが支払を命じた場合に初めて具体的に発生するものといわねばならない。蓋し、使用者が右の審査の結果及びその勧告に従わない場合には、労働基準監督署長によつて告発せられ、労働基準法第百十九条によつて処罰されるのであつて、若し、右審査の結果が使用者に何等義務を課するものでないならば、このように労働基準監督署長の告発の権を認め、処罰されることはないのであつて、若し、右審査の結果が使用者に何等義務を課するものでないとしながら、なお右審査の結果に従わない場合には処罰されるものと解するならば、それは未だ具体的義務が発生しないのに拘らず義務違反ありとして処罰するものであつて、基本的人権の不法な侵害であり、かかる処罰に関する労働基準法の規定は憲法に違反するものといわざるを得ないからである。

三、仮に被控訴人の審査の結果が直接には控訴人に対し災害補償義務を負わしめることがないとしても、労働基準法第百十九条の罰則の規定とあいまつて、間接的にはその義務履行を強制しているのであるから、控訴人に直にその義務を負わしめているのと同様の結果を来し、控訴人はこれに従わない場合、非常な不利益を蒙るおそれが多分にあるのであるから、控訴人の審査の結果の取消を求める法律上の利益があるのである。

と述べたほかは原判決の事実摘示のとおりであるから、こゝにこれを引用する。

証拠として、控訴代理人は、甲第一号証の一乃至六、第二号証、第三号証の一、二、第四乃至第十三号証を提出し、原審証人木村弘、木村テルの各証言を援用し、乙第一号証の成立を認め、被控訴指定代理人は乙第一号証を提出し、原審証人福田とみの証言を援用し甲各号証の成立を認めた。

理由

控訴人の本訴請求は、被控訴人が控訴人日本医療団青森支部職員木村清作の交通事故による死亡を業務上の死亡と認め、控訴人において労働基準法による災害補償をすべきものとした審査の結果及び之に対する控訴人の不服申立につき、被控訴人の右審査の結果を是認した青森労働者災害補償審査会の措置を違法なりとして、右審査の結果の取消を求めるというのであつて、被控訴人及び青森労働者災害補償審査会の審査の結果が控訴人主張のとおりであることは当事者間に争のないところである。

そこで労働基準監督署長又は労働者災害補償審査会のした審査の結果が果して取消又は変更を求める訴(いわゆる抗告訴訟)の対象となり得るかどうかの点について判断する。いうまでもなく、訴により取消又は変更を求め得る行政処分は、それが関係者の権利義務に法律上の効果を及ぼすものでなければならない。従つて行政庁の行為であつてもそれが単に関係者に対する勧告的性質を有するに止まりこれによつて関係者の権利義務に法律上の効果を及ぼさないようなものは、訴によりこれが取消又は変更を求める法律上の利益はないわけであつて、取消又は変更を求める訴の対象とはなり得ないものと解すべきである。

ところで労働基準法第七十五条以下の規定による災害補償に関する労働者と使用者との権利義務関係は、各法条にあてはまる事実の生じたとき法律上当然に発生するのであつて、その権利義務の発生につき行政庁による何等かの処分の介在を要件とするものではない。このことは本件で問題となつている労働基準法第七十九条及び第八十条による補償関係、即ち労働者が業務上死亡した場合における遺族補償及び葬祭料支払に関する使用者と労働者の遺族との権利義務関係についても同様である。ただ同法第八十五条及び第八十六条によると、業務上の負傷、疾病又は死亡の認定、療養の方法、補償金額の決定その他補償の実施に関して異議がある者は行政官庁に対して審査又は事件の仲裁を請求することができるし、この審査及び仲裁の結果に不服のある者は労働者災害補償審査会の審査又は仲裁を請求することができる旨を規定し、且労働基準法による災害補償に関する事項について民事訴訟を提起するには労働者災害補償審査会の審査又は仲裁を経なければならないと定めているが、右は一般に経済力の豊でない労働者側の立場を考慮し災害補償に関する紛争を行政機関の手によつてできるだけ簡易迅速に解決することを狙いとし、行政庁の審査又は仲裁を経ることを以て民事訴訟提起の前提要件としたに外ならないものと解し得る。即ち労働基準監督署長又は労働者災害補償審査会が前記法条によつて行う審査又は仲裁の結果は単に当該行政庁がその判断に基いて関係者に対し災害補償に関する紛議の解決を慫慂する勧告的性質を有するに過ぎないものであつて、これにより本来法律上存在しない労働者側と使用者側との権利義務関係に格別の影響を及ぼすものではない。関係者が行政庁の審査又は仲裁の結果をその自由な意思によつて納得し災害補償に関する紛議が解決すればともかく、さもない限り紛争の解決は結局民事訴訟による司法的判断にまつ外はないものというべきである。

控訴人は前掲二記載のとおり主張するけれども、前に述べたように労働基準法第七十九条、第八十条による使用者の災害補償義務は、労働者が業務上死亡することによつて当然に発生するのであつて、労働基準監督署長或は労働者災害補償審査会の審査又は仲裁の結果により発生するのではない。使用者が労働基準法第百十九条により処罰されるのは、労働基準監督署長或は労働者災害補償審査会の審査又は仲裁の結果に従わないためではなく、右審査又は仲裁の有無に拘らず、労働者が業務上死亡したという事実に基き発生した災害補償義務に違反することによるものであるから、右審査又は仲裁の結果により災害補償義務が生ずることを前提とする控訴人の主張は採用できない。

控訴人は更に前掲三記載のとおり主張するが、使用者が労働基準監督署長又は労働者災害補償審査会の審査の結果に従わない場合には、災害補償義務違反として告発され、検察官によつて起訴されるというような不利益を蒙るおそれのあることは避けられないところであろうけれども、刑事訴訟法による官公吏の告発義務の有無及び検察官の起訴又は不起訴の処分は、いずれも使用者に災害補償義務違反があるかどうかの判断に依存するのであつて、行政庁の審査の結果と直接相関するものではない。しかも、労働基準監督署長のする告発は、検察官の起訴の条件をなすものではないから、告発の有無に拘らず起訴し得るのである。なお、たとえ行政訴訟によつて右審査又は仲裁の結果を取消す旨の判決を得たとしても、その判決は官公吏の告発義務に影響を及ぼすものではなく、また検察官及び刑事裁判所を拘束する効力を有するものではないから、右により官公吏の告発又は検察官の起訴を阻止することはできないし、又刑事裁判所による処罰を免れることもできない。結局災害補償義務違反による刑罰権の有無は最終的には、刑事裁判によつて確定せらるべきものであることはいうまでもないが、いずれにしても、災害補償義務違反があるかどうかの判断は、労働基準法に規定する災害事実の有無に係るもの、即ち、本件の場合についていえば、控訴人の職員木村清作の死亡が業務上の死亡と認め得るかどうかの事実認定に依拠すべきものであつて、行政庁のした審査又は仲裁の結果如何によつて左右せらるべきものではないのであるから、使用者が前記のような不利益を蒙るおそれがあるからといつて、行政庁のした審査又は仲裁の結果の取消を求める法律上の利益があるものということはできないのである。

以上説明の次第で、労働基準監督署長及び労働者災害補償審査会の審査又は仲裁の結果は、関係者の権利義務に法律上の効果を及ぼすものではなく、所謂抗告訴訟の対象となる行政処分に該当しないものと解すべきであるから、これと同趣旨のもとに控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当といわねばならない。

よつて、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判長判事 谷本仙一郎 判事 猪瀬一郎 判事 石井義彦)

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